呉昌碩(ご しょうせき)呉昌碩(ご しょうせき)呉昌碩(ご しょうせき)

1844年9月12日-1927年11月29日
清浙江省湖州府安吉県鄣呉村出身。
中国の清朝末期から近代にかけて活躍した画家、書家、篆刻家。
清代最後の文人といわれ、詩・書・画・篆刻に精通。
「四絶」と称賛されている。
中国近代でもっとも優れた芸術家と評価が高い。
名は俊(しゅん)、俊卿(しゅんけい)、香圃。1912年から昌碩。別字に蒼石、倉石、倉碩。号に缶廬(フロ)、苦鉄、破荷、大聾、老蒼、石尊者、石人子、石敢当、破荷亭長、蕪青亭長、五湖印丐などがある。

特に篆刻の評価が高く、日本でも犬養毅(夏樹美術ホームページ「夏樹通信」内「五・一五事件と犬養毅」に関連記事あり)、日下部鳴鶴らが自用印を注文した。